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【2019年ノーベル文学賞受賞】読者を不安に陥れる超個性派作家!ペーター・ハントケの4作品を紹介

こんにちは、カムです。

先日、2018年・2019年のノーベル文学賞受賞者が発表されました。


受賞者はこの2作家。

2018年はポーランド出身のオルガ・トカルチュク氏、2019年はオーストリア出身のペーター・ハントケ氏に決定。

なぜ2018年と2019年の2年分の受賞発表なのかというと、賞の選考を行っている団体であるスウェーデン・アカデミーの会員が2018年の受賞発表前に不祥事を起こしたからです。

私はもともと文学少女だったということもあり、昔ほど小説を読まなくなった今でも、ノーベル文学賞の受賞発表には毎回注目しています。
そして今回、2019年のペーター・ハントケ氏の受賞には驚かされました。

というのも、私はもともとハントケ氏の小説が好きで、受賞発表日の10日にもブログ記事に書けないかと何年ぶりかに氏の本をペラペラめくっていたからです。

こんな偶然ってあるんでしょうか?

あ、ちなみにハントケ氏のことを記事にするかどうか検討し始めたのは数日前からのことなので、受賞発表のニュースがどこかから目に入ってきて、知らないうちに影響を受けて記事にしようと考えたという可能性はないと思います。

ハントケ氏は個性的な作家です。作品もそうですが、見た目もあまり作家っぽくない(若い頃はサングラスに長髪やマッシュルームカットという「ミュージシャンか!」というようなスタイル。笑)。

他ではあまり味わえないような読者体験が得られる作家なので、興味がある方はぜひ読んでみることをおすすめします!

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ペーター・ハントケのおすすめ作品1:『ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安』


(写真は『不安<ペナルティキックを受けるゴールキーパーの……> 羽白幸雄 訳 三修社』を私が撮影したもの)

 

まず紹介したい作品はこちらです。『ペナルティキックを受けるゴールキーパーの不安』。

タイトルだけでもうすでに面白いですよね。いや不安なのはわかるけども。笑

ちなみに文学作品ではよくあることですが、タイトルと内容はそんなに関係ありません。一応、主人公は元ゴールキーパーという設定ですが、それが特に物語に活きてくるわけでもありません。笑

また作品の冒頭はタイトルと同じくらい常識外れです。

 機械組み立て工ヨーゼフ・ブロッホ、むかしはサッカーのゴールキーパーとして鳴らした男だが、彼が或る朝仕事に出てゆくと、きみはくびだよ、と告げられた。というより実は、折りから労働者たちが宿泊している現場小屋の戸口に彼が姿をみせたとき、ただ現場監督が軽食から目をあげたという事実を、ブロッホはそのような通告と解し、建築現場を立ち去ったのである。(…)

『不安<ペナルティキックを受けるゴールキーパーの……>』 羽白幸雄 訳 三修社より引用

機械組み立て工の主人公ブロッホは、仕事先の現場に行ったところ、現場監督のしぐさをどういうわけか自分への解雇通告だと思いこみ、そのまま帰ってしまいます。

ちょっと常識ではありえないような行動ですが、この冒頭後『不安』ではそのあたりについてなんの説明もなく話が進んでいきます。

たとえば、ブロッホはもともと仕事嫌いの人間だったとか、途中で物事を投げだすことの多い無責任な人間であるとか、妄想癖があって勘違いしやすい人間だとか、そういった説明が一切行われないのです。

ただ機械的に事実だけが記述され、読者はそれを戸惑いつつも受け止めなければいけません。たとえブロッホの行動に論理や道理がなくとも、おかまいなしです。

これは読者にとっては一種の恐怖です。どんな小説でも、普通は筆者が意図的に補足を入れるものです。主人公が1つの行動を起こしたら、その理由が読者に理解できるように書かれます。たとえば仕事を辞めるシーンを書くのであれば、「〇〇は仕事を辞めた。なぜなら家業を継ぐ必要があったからだ」などと書かれるものです。さらに「〇〇は家族思い」という説明も入れたりすれば、主人公の人となりもわかり、より物語らしくなっていきます。それが『不安』では意図的に排除されています。「現場監督が軽食から目をあげたから職を失った」といわれても、はいそうですか、となる読者は稀でしょう。

『不安』は小説というよりもむしろ「記録」に近いものです。カメラ映像を見るように記述を通してブロッホの行動を知ることはできますが、その意図や心理までは知ることができません。そこに用意された「意味」はなく、読者は筆者の力を借りず、独りきりでブロッホの行動の意味を考えていく必要があります。※1

これはある意味、現実でブロッホを目にしているのと同じ状況です。コンビニに行ったとき、誰かほかの客がいきなり暴れ始めたとします。しかし、暴れている人が「自分はこういう境遇でこうこうこうだから今暴れてるんだ!」などと説明してくれるはずもありません。私たちはただ暴れている人を見て恐怖におののき、逃げまどうしかありません。後でその理由について考えることはあっても、それを証明することは不可能です。

それと同じく、私たちはただブロッホを見つめ、作中で起こすブロッホの不可解な行動に怯えるしかありません。『不安』というタイトルはむしろブロッホではなく、読者の心情を表すものともいえそうです。

この『不安』のスタイルはカフカに通じるところがあります。カフカも『審判』で、冒頭で主人公がいきなり逮捕されるシーンを書いています。

 誰かがヨーゼフ・Kを誹謗したにちがいなかった。なぜなら、何もわるいことをしなかったのに、ある朝、逮捕されたからである。(…)

『審判』原田義人 訳 新潮社より

なんとなく似ている書き出しですよね。ちなみに『審判』でも、逮捕された理由の説明は作中で述べられることはありません。 ※2

ただし、『審判』や他のカフカの諸作品においては、不可解なのは周囲であり、主人公はいたって常識的な人です(カフカの作品が不条理文学といわれるのはこのためです)。対してペーター・ハントケ氏の『不安』は、むしろ主人公のほうが不可解な行動を取り、周囲はそれに巻き込まれる形となります。似てはいますが、実は真逆のことを両作家はやっているのですね。 ※3

カフカの作品にはまだ感情移入できます。かわいそうな主人公に共感できるので。しかし、『不安』は無理です。「何この人、やばい」という感想しか出てきません。笑

どれくらいやばいかというと、『不安』の主人公ブロッホは話の途中である事件を起こします。しかし、そんな事件後もブロッホは大して心を乱した様子もなく、日常を送り、あまつさえ色々な女性に粉をかけたりします。

一応、そんなサイコパス主人公にも変化は訪れるのですが、普通の読者が期待する変化(反省や開き直りなど)ではないため、自分は一体なにを見せられているのか……という気分にさせられます。

ちなみに『不安』は無職になった(と思い込んでいる)ブロッホが街をさまよっているシーンが大半です。店に入って食事をとったり、映画を見たり、電話をかけたりするだけの文章がずっと続きます。笑

『不安』は今日の文学にも一定はあるエンタメ性を完全に排除している作品です。実験的な要素を多分に含んでいるため、そういう風変りなのが好き!という人におすすめです。

ペーター・ハントケのおすすめ作品2:『左ききの女』


(写真は『左ききの女 池田香代子 訳 同学社』を私が撮影したもの)

 

『不安』はペーターハントケ氏の作風の異質さが際立つ作品ですが、『左ききの女』はそれとはうってかわり、非常にまっとうなお話の小説です。

ただし、作者の主観を極限まで排除した文章や、思考・心理描写が少ない点は『不安』と同様です。
『不安』は暗い雰囲気の漂う不気味な物語ですが、『左ききの女』は明るくさっぱりとした雰囲気を持っているので、多くの人におすすめできる作品といえます。

私は『左ききの女』のほうが断然好きですね。良い映画を見ているような感じ。リチャード・リンクレイターの家族を取り扱った映画が好きな人とかに向いてるかも。

あらすじは主人公である三十歳の女性が陶器会社の販売部長である夫のブルーノに自分から離れるように言い、八歳の息子と二人で暮らす生活を始めるというもの。夫が特になにかをしたというわけではないのですが、主人公の女性は海外で順調に仕事をこなし、久しぶりに帰国した夫に対し、「あなたが私から離れる、私を独りにする」という唐突なひらめきを理由に別れることを提案します。

一見、順風満帆な家族の様子からのこの展開のため、この主人公の発言は少々不可解ではありますが、なんとなくリアリティも感じられます。海外で夫が仕事をしている間、妻と子供は家に取り残されるわけですし、いろいろな不満があってもおかしくありません(少なくとも仕事に行って自分が解雇されたとセルフ解釈するよりはありえることです笑)。

その後、別れることに納得できない夫や友達の女教師、翻訳の仕事を再開させた主人公に気がある出版社の社長など、軽い昼ドラ要素もありながらいろいろな人物がからみあい、日々が過ぎていきます。しかし、その様子はおだやかで、可愛らしく、いつまでも見ていたい気分にさせられる素敵な物語です。

ペーター・ハントケの入門書にはぴったりですね。

ペーター・ハントケのおすすめ?作品3:『幸せではないが、もういい』

おすすめとは言いにくいですが、『幸せではないが、もういい』も印象的な作品です。

これも『不安』と同じく、タイトルがすっごく良い。幸せではないが、もういい……なにそれ!?ってなりますよね。本の題名を考える仕事してたら絶対真似したい……。

内容はハントケ氏自身の母親の自殺を題材にしており、小説というよりも母親の伝記のようなものとなっています。生や死について考えさせられる一作です。

ですが、『不安』のような異質さや反社会性はないため、『不安』を読んだ後にこの作品を読むと、そのギャップに驚かされます。昔やんちゃだったけど、今は丸くなったみたいな……悪くいえば平凡に思えてしまいます。※4

ペーター・ハントケのおすすめ?作品4:『こどもの物語』

こちらもおすすめというほどではありませんが、紹介しておきます。

『幸せではないが、もういい』は母親が題材だったのに対し、『こどもの物語』ではハントケ氏の娘が題材になっています。

ハントケ氏の育児体験をつづっており、独自の視点で10年にわたるエピソードを読むことができます。

自分の子供がいれば、名作に思えるのかもしれませんが、子供がいない私にとってはあまり興味を持てませんでした。

育児の参考になる部分は多いと思うので、お子さんがいる方にはおすすめです。

終わりに

ペーター・ハントケ氏の作品を4つ紹介してきましたが、他にも戯曲や脚本(ベルリン・天使の詩などが有名)と、幅広く活躍している作家なので、興味があればチェックしてみてください。

ただ難点は日本ではハントケ氏の本が手に入りにくいことですね。図書館、書店、通販にもほとんど置いてないと思うので、今回のノーベル文学賞受賞を機に刷ってくれる出版社が現れるのを祈ります(読みたくても手に入らなかったので、まだ読めてない作品が私もたくさんあります…)。

それでは、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。秋ですし、よい読書ライフを!

【補足】
※1 『不安』にも多少の思考や心理描写はあります。しかし、非常に客観的な文章ですし、肝心なところが書かれていないため、ブロッホの気持ちに寄り添うことができません。
※2 『審判』は未完の作品なので、後に逮捕の理由が説明される予定だった可能性もあります。ただカフカにおける不条理文学の側面を考えると、その可能性は低いと思われます。
※3 ペーター・ハントケ氏はオーストリアのフランツ・カフカ賞を受賞しています。自国でも影響があると考えられているのかもしれません。ちなみにハントケ氏とカフカは同じドイツ語圏の作家です。
※4 『幸せではないが、もういい』は『不安』よりも後に書かれた作品です。

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