※現在リニューアル中につき記事が一部表示されなくなっております※
電子書籍「ジトメカツモク!」発売中! 最新のお知らせはこちら!

文章の質を落とすことで悪名高い「副詞」の使いどころを考える

カムです。

文章には名詞や動詞などの「品詞」がありますよね。自分で書いていてちょっとあやふやになってきましたが(品詞のこと細かく考えるなんて中学生以来じゃないか?)、品詞の1つに「副詞」というものがあります。

副詞は形容詞と似た品詞で、他の品詞を修飾するのに使います。形容詞は名詞を修飾するのに対し(赤いリンゴの「赤い」など)、副詞は幅広い品詞を修飾できる特徴があります。

あまりに幅広く使えるため、副詞はとても便利です(この「とても」も副詞)。が、それだけに文章を書くのに慣れていない人ほど安易に使ってしまい、文章の質を落としてしまう傾向があります。多くの文章テクニック指南では「副詞はなるべく削ろう」ということが教えられます。私の好きな安部公房やスティーヴン・キングも「副詞はやめとけ」と言っています(いや、「やめとけ」とは言ってないけど 笑)。

かといって副詞をまったく使わないと、それはそれで変な文章になります。そこで、副詞はどんな時に使うべきなのか、今回考えてみることにしました(私はふだん、かなり感覚的に文章を書いているので、こういったことを考えることがほとんどないのです…)。

スポンサーリンク

そもそも何で副詞を多用するのはダメなの?

wikiを見たところ、副詞には「状態」、「程度」、「叙述(陳述・呼応)」、「指示」の4種類があるみたいですね。正直、「叙述(陳述・呼応)」、「指示」の副詞はそんなに使わないと思うので、ここでは「状態」、「程度」の副詞だけを扱うことにします。

まず「状態」の副詞ですが、「すぐに」、「たまに」、「そっと」、「キラキラと」などがあげられます。注目どころはオノマトペが含まれる点ですね。

よく関西人は擬音を多用して話すと言われますよね。ウルフルズの大阪ストラットには「この道ブワーッと行って、グワーッと曲がって、でっかいビル、ボワーン立ってるからその角シュッと曲がんねん」という歌詞があります(この歌詞、面白すぎる 笑)。

「ブワーッと」、「グワーッと」、「ボワーン」、「シュッと」はどれもオノマトペなので副詞です。極端な例ですが、この歌詞を見れば、いかに副詞の多さが文章の質を左右するものであるかがわかりますね(※あくまで一般的な文章作法としての話であり、口語としての関西弁を貶める意図はありません)。

副詞の一番の問題点は「なんとなくの状態」しか文章の読み手に伝わらないことです。たとえば、「ブワーッと行って」の場合、なんとなくすごい勢いであることはわかりますが、具体的な速さ、移動距離は一切わかりません。読む人によって「時速何kmくらいで、何m進み、何本通りを渡ったのか」イメージが異なるはずです。それが異なると、筆者の意図が正確に伝わらない可能性が高くなる。文章は他者に正確に情報を伝達するためのものなので、一般的にいい文章を書くためには副詞ではなく別の品詞を使った方がいいことが多いのですね。

「程度」の副詞も同じで、「とても」、「まったく」、「もっと」などの副詞がありますが、わりとアバウトにしか読み手には伝わりません。

たとえば、「とても辛い思いをした」という文章があったとします。これだけでも筆者が一定以上辛かったことが読み手に伝わりますが、「とても」が実際にどれくらいの程度なのかははっきりとはわかりませんよね。

そこで、「胸が張り裂けそうなほど辛い思いをした」、「ストレスで胃がしくしく痛むほど辛い思いをした」というように、副詞を比喩や事実に置き換えてみます。するとさっきよりも辛さの程度が詳細にわかるようになり、表現も豊かになったのが見て取れませんか? 曖昧でよくわからない文章には、副詞が多用されていることが多いので、副詞の使いどころには気をつける必要があります。

(読んだのはだいぶ昔なので、たぶんですが、安部公房、スティーヴン・キングの両作家が副詞に触れていた本はこれだったと思います。持っている人いたらぜひ教えてください)

副詞を使うのに適したタイミング3つ

私はけっこう副詞を文章に使います。それはなぜかというと、やっぱり「便利だから」。短い言葉で大体の状態や程度を伝えられるので、あまり考えなくていいし、「読む人もわかってくれるだろう」という甘えもあります。

実際、副詞をあまり使わないと堅苦しい文章になりがちですし、間延びして文章のリズムを壊すことがあります。そのため、使いどころさえ間違わなければ、私はむしろ副詞をどんどん使ってもいいんじゃないかなと思っています(三島由紀夫を読むと、意外と副詞が多く使われていて面白いですよ!)。

そこで本題ですが、副詞はどんなタイミングで使うのが適しているかを考えてみます。

詳しい説明が不要な時

文章は情報を正確に伝えるべきものですが、そこまで正確じゃなくても構わない情報もありますよね。たとえば、初めて行ったカフェのレビューを書く場合、そのカフェではなく、隣にあるラーメン屋のことを詳しく説明する必要はありません。「今日、私はカフェに行った。カフェの隣にはラーメン屋がある。このラーメン屋は朝昼晩いつ来ても客が一人も見当たらず、本当に営業しているのか怪しく思うほどだ。友人の話によれば、腐ったような味がするラーメンが出てくるらしい」などと続いたら、読者は「おいおい、いつカフェのレビューに入るんだよ?」とイライラしてしまうと思います。ラーメン屋をレビューする文章ならいいのですが、カフェのレビューが主題の文章であれば、カフェのことに文章量を費やす方が大事だと思います。

そこでこの文章に副詞を使い、コンパクトにまとめてみます。「今日、私はカフェに行った。カフェの隣にはラーメン屋がある。このラーメン屋はいつもガラガラ。友人はここのラーメンをすごくまずいと言っていた」

「いつも」、「ガラガラ」、「すごく」という副詞を使ったことで、文章がかなり短くなりました。この後すぐにカフェのレビューに入れば、ラーメン屋のくだりが原因で、文章の流れが停滞することはなくなると思います。

このように「どうでもいい情報」をざっくり説明したい時に副詞は活躍してくれそうですね。

後から詳しい説明をする時

最初に大まかな自分の結論を書いておき、後から詳しい説明を入れるという文章構成になっている場合も、副詞は活躍してくれると思います。

たとえば、「ここのカフェのコーヒーはすごく美味しかった!」とだけ書くと具体性がありませんが、「ここのカフェのコーヒーはすごく美味しかった! オーナーが豆にこだわっていて、ミルクも濃厚だし、味にコクがあるの!」と書くと、最初の副詞つきの文章がいい前置きになってくれます。

また最初に詳しい説明をして、その後で結論を書く時も同様の使い方ができそうですね。この場合は「ここのカフェのコーヒーはオーナーが豆にこだわっていて、ミルクも濃厚だし、味にコクがあるの! すごく美味しかった!」となります。

大体の状態・程度しかわからない時

そもそも書き手自身が、説明対象の状態・程度が大体しかわからないということもあると思います。物語なら想像して書くことができますが、リアルなことを書く場合、そういうわけにもいきません。

説明対象の状態・程度がはっきりわかっているのに、その説明を曖昧に書くのは(あえてそうしている場合を除いて)怠慢といえるかもしれません。しかし、説明対象の状態・程度が詳細にわかっていないのなら書きようがないので、副詞を使って曖昧な説明をせざるを得ないこともあると思います。

終わりに

今回は副詞が文章に与える影響について書いてきました。副詞は他の品詞に置き換えるだけでなく、単に削除した方がいい場合もありますので、私は一度副詞をなくした状態の文と比較してどっちがいいかを考えてみることもあります。

それでは最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

コメント

タイトルとURLをコピーしました