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『変身』、『山月記』など…主人公が人間以外のものに姿を変える「変身譚」4選

(筆者:カム)

物語の中には「変身譚」と呼ばれるものもある。主人公がそれまでの人間だった姿・かたちから、まったく別のものに変化するという物語だ。さっそくだが、この記事では、そんな変身譚を4作紹介していきたいと思う(一部、青空文庫でも読めるので、興味がある人はチェックしてほしい)。

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サラリーマンが虫に変化する フランツ・カフカ『変身』

ある朝、グレゴール・ザムザが気がかりな夢から目ざめたとき、自分がベッドの上で一匹の巨大な毒虫に変ってしまっているのに気づいた。

――フランツ・カフカ『変身』 原田義人 訳 より

「変身譚」で最も有名といえるのがカフカの『変身』である。ある朝、とつぜん毒虫になってしまったセールスマンの主人公が、その気味の悪い見た目から、同居している家族に疎外されるという話。

「変身」というと、一般的には戦隊ものや海外のスーパーヒーローなど、華やかなものを思い浮かべがちだが、この作品の主人公の場合、「毒虫」という全然嬉しくないものに姿を変える点が、なんともカフカらしい。

ちなみに本作の主人公は自分が毒虫になったことにそれほど動揺しない。普通は自分が毒虫になったら、その悲劇を呪いたくなるものだが、主人公はそれよりもむしろ仕事や家族との関係性に影響が出ることを心配する。自分の見た目よりも、仕事をし、家族を支えることの方に意識がいくあたりは、仕事気質の現代人と重なる部分があるといえる。

中国の詩人が虎に変化する 中島敦『山月記』

気が付くと、手先や肱のあたりに毛を生じているらしい。少し明るくなってから、谷川に臨んで姿を映して見ると、既に虎となっていた。

――中島敦『山月記』より

日本ではカフカの『変身』と並び、代表的な変身譚である『山月記』。詩人としての生活に窮乏し、地方官吏にならざるを得なかった男・李徴が、人生に絶望し、姿を消したあと、友人の前に虎の姿となって現れるという話。

李徴はもともと唐の時代に書かれた小説に登場する人物だ。後にその小説を脚色し、一般に広まったのが『人虎伝』で、中島敦はこの『人虎伝』を下敷きに『山月記』を著した。

また中島敦はカフカを好んでおり、翻訳を行ったり、著作でカフカの作品に触れたりしている。当然『変身』も読んでいるはずで、本作を書いた背景にはその影響もありそうだ。

父親が棒に変化する 安部公房『棒』

(『棒』はこちらの短編集に収録されている。ちなみに表題作『R62号の発明』も人間がロボットにされる話なので、ある意味、変身譚といえる)

落ちるときそうなったのか、そうなって落ちたのかは、はっきりしないが、気がつくと私は一本の棒になっていた。

――安部公房『棒』より

カフカに大きく影響を受けた安部公房も初期の短編で変身譚を著している。ただし安部公房の場合、「棒」という、いわゆる「物」に主人公を変身させている点が特徴的だ。

また安部公房は『棒』以外にも、主人公の父親と名乗る男が魚に変身する『水中都市』や、コモン君が植物に変身する『デンドロカカリヤ』など、幅広い変身譚を残しており、その多様さはカフカというよりも、むしろ次に紹介するオウィディウスの『変身物語』に通じる。

様々な変身エピソードが集められた オウィディウス『変身物語』

かれの衣服は、もじゃもじゃの毛にかわり、腕は前肢になった。つまり、狼になってしまったのだ。

――オウィディウス『転身物語』 前田敬作 田中秀央 訳 狼に変身したリュカオン より

古代ローマの詩人によって書かれた変身譚。『転身物語』や『メタモルポセス』と訳されることもある。

ギリシア・ローマ神話に登場する様々な人物が、他の生物や鉱物などに変身するエピソードが集められた作品で、神話が描かれた古典として重要な位置づけを持つ。

スイレンやヒヤシンスなど、人間が植物に変化するエピソードも存在し、『デンドロカカリヤ』や植物人間が登場する物語を著した安部公房と近い部分もある。

変身譚の魅力とは何か?

変身譚の魅力とは何だろう。

変身譚の大きな特徴は、やはり登場人物が今までとはまったく異なった姿に形を変えてしまうこと。その強烈な解剖学的変化によって、本人の内面や、周囲との関係性にも変化が生じ、物語が動いていく。

ただし、ここで紹介した変身譚はどれも「文学」に属するため、登場人物たちが大げさに驚いたりすることはない。そうした変身による混乱を描いて読者を興奮に導くことは、エンタメ小説の仕事だからだ。

だが、文学における変身譚の登場人物も、人間が変身することにまったく驚かないわけではない。作品にもよるが、登場人物たちは各々変身の悲劇性を受け止め、変身の理由や、変身した後の行動を考えたりする。そうした人々の心情や反応を追っていくことは、変身譚の魅力の1つといえるだろう。

また登場人物たちと一緒になって変身の理由を考えていくことも変身譚の楽しみ方といえる。ここでいう変身の理由とは、単に物語上の理由を指すだけでなく、物語を書いた作者がなぜそうした変化を必要としたか、という理由も含まれる。

たとえば、『変身』の主人公は自分が毒虫になった理由について深くは考えない。つまり、『変身』においては、主人公が毒虫になった理由はどうでもよく、主人公と他者とのコミュニケーションに特異な変化を生じさせるために、カフカは主人公を毒虫に変化させたと考えることもできる。

このように「作者が登場人物たちを変化させることで何を表現したかったのか?」を意識すると、変身譚はより面白くなると思う。

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